インフルエンザワクチンに対する提言


 平成10年2月になって、過去10年間の日本では最高といわれるインフルエンザの流行があり、その間にインフルエンザ関連の多数の高齢者や小児の死亡例があいついで発表され、人々の不安をかき立てたのは記憶に新しいところです。

 このようにインフルエンザは毎年必ず流行し、乳幼児から高齢者に至るすべての年齢層に様々な健康被害をもたらしています。特に弱者には牙をむく、危険な疾病であり、欧米では“命のともしびを消す”病気として、恐れられています。日本のように“子どものかかる風邪の一種”というような安易な捉え方をされておりません。また社会経済的活動にも多くの損害を与え、インフルエンザにかかる医療費は2500億円ほどに達するといわれています。

さて、平成10年1月、厚生省から日本医師会を通じて配布されたインフルエンザワクチン接種に関するアンケートは厚生省がその内容を国民にインフルエンザワクチン接種の情報として提供するというものと私たちは理解しています。ところが、現在、インフルエンザワクチンは国の行う予防接種ではないので、今の所、国は接種に関する情報を提供はするが、費用も出さないし、責任もとらないという態度です。それでもインフルエンザワクチン接種を行うという医師がいるとしたら、それはよほどのお人好しか、無謀な医師でしょう。あえて接種をする場合でも、基礎疾患がある患者さんや高齢者、受験前の学生などわずかの方々だけを対象にしたものになるでしょう。

現在、接種を行っている医師の多くは公表を望まないと思われます。何故なら事故後の補償が十分でなければ、接種はできるだけ避けたいと思うのが当然です。私たちの内何人かの医師は接種を行っていますが、できれば接種を避けたいと思っており、さらに接種を行っている機関として公表されたくないと明言しています。公表されると普段かかりつけでない人でワクチンのみを希望する人がきっと来ると予想され、またそのような人に限って、事故後のトラブルの不安が増大するものです。

  1997年1月、A香港型インフルエンザが流行した時、各地の老人ホームでインフルエンザによると思われる死亡者が続出し、厚生省は老人へのインフルエンザワクチン接種を勧める通達を出しました。インフルエンザワクチンの効果を認め、勧めておきながら、費用は個人に、実施に当たっては医師にすべての責任を押しつけるという、いかにも無責任な厚生省の姿勢を示しています。

 欧米先進国の例を見るまでもなく、国自身が先頭に立ってインフルエンザの感染を予防するための努力をすべきであるのに、このようなお粗末な対処でお茶を濁そうというのなら日本のインフルエンザ対策は極めて貧弱であるといわれても仕方のないことでしょう。

厚生省は本当に国民の健康を考えているのでしょうか。

 日本は1994年に、学童のインフルエンザワクチンの集団接種を中止して以来、老人、ハイリスク群への接種はほとんど実施されないまま、小児の接種率も大幅に低下してしまいました。新型インフルエンザの出現が予想される状況にありながら、日本はインフルエンザに対して、全くの無防備な状態であります。

 インフルエンザワクチンの効果については多くの論議がなされましたが、その問題は現在ほぼ決着しています。A型インフルエンザには、ワクチン株と流行株間の抗原性のずれが少なく、かつタイムリーに接種されていれば80%は罹患することを免れることができ、残りの20%の人々は、罹患しても重症化する事はないといわれています。多くの研究がインフルエンザワクチンの高い予防効果を示し、国際的にも裏付けられています。

インフルエンザには死に至る重篤な合併症があり、ワクチン接種がそれらを防ぐ唯一の方法であることは多くの報告より明らかなことです。にも関わらず、インフルエンザワクチンの有効性について有効だ無効だといまだに議論しているのはわが国くらいです。

欧米では多くの国で有効性のデータをもとに、インフルエンザワクチンの無料接種を行い積極的に接種を進めています。それらの国々と比べると日本の接種率は異常なほど低くなっています。

 このように先進各国のインフルエンザワクチンに対する力の入れ方を見ればわが国の取り組みの遅れがいかにお粗末きわまりないものであるかよくおわかりのはずです。このままインフルエンザ対策が放置されれば、毎年わが国はインフルエンザにかかる膨大な費用を失い、国民は享受すべき健康を、また、下手をすると命を失うことになりかねません。

 急がれる対策の中でも最も大きな問題は新型インフルエンザウイルスの出現です。10年から40年周期に新しいウイルスが出現するといわれています。誰もがその抗体を保有していないこのインフルエンザウイルスが出現すれば世界中で何十万人という犠牲者が出る可能性があります。我が国の被害も甚大なものになりましょう。インフルエンザの国際会議ではこの新型のウイルスが早ければ数年以内に出現すると いうことで一致しました。欧米各国はすでにこれに対して、専門家を集めて熱心に対策を協議しております。さて日本ではどうなのでしょうか。

 昨年、香港で鶏のインフルエンザがなぜか人に感染して、大騒ぎになったのは記憶に新しいことですが、もしもこれが多数の人に感染する新型インフルエンザだったら。それを考えると、本当にぞっとします。多分非常に多くの犠牲者が出たと思われます。

この時点で、日本では新しいインフルエンザワクチンを早急に開発する能力はすでにありませんでした。その理由は日本がすでにインフルエンザワクチンを作る体制をほとんど捨て去ってしまっているからです。新型インフルエンザに対するワクチンを作るのは並大抵のことではありません。ワクチンができたとしても、日本では最悪3000万人が感染するといわれていますが、十分な量のワクチンが確保される体制は既にありません。再生産するにしても施設や人員の確保、国民のワクチン接種の優先順位など,行政が解決すべき問題がたくさんあります。現在5つのメーカーの生産体制は50万人分ぐらいだそうです。それはかつての1/40であり、ワクチンの生産に必要な有精卵の生産体制を再び立て直し、増産できるようになるまでに1年はかかるといわれています2)

 国民の健康管理対策として、少なくとも1000万人分のワクチン生産態勢を今から整えておかなければいざというときに間に合わないことは明白であります。行政としてインフルエンザワクチン対策を確実に来るその時のために確立しておかなければなりません。

 早急にインフルエンザワクチンを予防接種法に再認定して、接種事故に対する補償制度の確立とワクチンの無料化を断行すべきであります。そして出来るだけ早期に老人とハイリスク群への接種を開始し、毎年の接種率を高め、その結果として、新型インフルエンザウイルスを含めたワクチンの生産能力と接種システムの再構築をはかることが急務と考えます。

(1998.11)

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